第1回さいとう・たかを賞 最終選考会議録

SAITO TAKAO AWARD 2018

【「さいとう・たかを賞」にふさわしい作品】とは?
SFとデジタル作画と

やまさき:
それでは、ここからは1作品ずつ細かく議論していきたいと思います。
作品名の五十音順ということで、まずは『アブラカダブラ』から。池上先生いかがですか。

池上:
僕はこの作品、2回読んだんです。1回目はちょっとおとなしい感じがしすぎちゃって、少し弱いなっていう印象だったんですよ。レベルの高い作品ではあるんですけど、もっと奇をてらう部分があってもいいのかなという感じがした。やはり「ビッグコミックオリジナル」という、家庭に持ち込むような雑誌に描かれていますので、そこが抑制されているのかなと。

コマ運びとかも正統的なんですけど、ちょっと新鮮味には欠けるんですよね、僕なんかから言わせると。「オリジナル」の読者さんなら、じっくり秋の夜長に水割りでも飲みながら楽しめるような作品ということで良いんでしょうけど、若い読者には物足りないんじゃないかな。結構、狂気を感じさせるようなシーンもあるのに、表現がおとなしいんですよね。
でも、もう1回読んだら、すごく突っ込んだことを描いているということがわかりました。現代の脳科学や聖書なんかの、興味のある人にはたまらない要素を入れ込んでいて。だから、2回目読んでからは、トップのほうに来ていますね。

佐藤:
やっぱり、いいと思います。「具」のおいしさというか…専門家が読んでも「おかしいこと言ってるな」と思われないように描かれている。
たとえば、「お前のまわりにいるのは全部私服の警察官だ」っていうところがあったでしょう。駅構内にいる一般人が、少しずつ警察官に替わっていくという。私は昔、外務省の国際情報局にいましたから、ああいうことはよく知っているんですが、本当にあの通りなんです。そういう細かいところがすごくうまくて、完成度が高いなと思いますよね。

ただ、もし私がいま大学で教鞭をとっていなければ、文句なしに『アブラカダブラ』を選ぶと思うんです。でも、大学生がこの作品を読んだとすると、「いいなあ、就職決まってて、安定した生活をしてる人たちが、ウイスキーでも傾けながらこういうのを読んでるんだろうな」なんて思うんじゃないかと…。そういう、世代間の違いがあると思う。これを総合的にどう評価するかというところですよね。

池上:
僕もそれを感じました。それに比べると『EX-ARM』は、若い連中にも伝わるようにガンガンやってますし、『蛍火』も自由な発想で作られている。演出の方向性の違いですよね。

相賀:
僕はもう、この作品には惚れ込みまして。
「残虐な猟奇殺人事件」という、異常なことを描いているんだけど、淡々としていますよね。これは我々の生きている現実世界でもそうだと思うんです。どんな事件が起こっても、我々は普通に生活しているじゃないですか。 そういう意味でのリアリズムを感じました。言葉とか表現とか、ちょっとしたことで、そういうところに気づかせて、心を揺り動かしていくのがうまいなと。
それと、思い切った俯瞰の構図とかもいいですね。芳崎さんの絵って本来おとなしいイメージだったんだけど、この作品ではすごく新しい面が出ていると思いました。これはシナリオライターが、長年の経験から「ここはこういうふうに描くといいんじゃないか」ってアドバイスしているんじゃないかな? 勝手な想像ですが。淡々としているように見えて、時々グイッと惹きつける。これはいいコンビだなと、先が楽しみだなと思っています。

やまさき:
僕もこの作品に関しては本当に面白いというか、引き込まれたというか…。
自分でも気付いていない心の暗部を突かれたような気がしました。ひょっとしたら僕もやってしまうかもしれない、という恐怖を感じさせられて、さらに佐藤さんもおっしゃったような学問的要素も入れ込まれていて。

ただ、いかんせんまだ2巻目ですから…2巻の最後で、今後の展開がひとつ見えましたよね。そういう部分も含めて、傑作には違わないけど、続きを見たいなという感じもある。そういう意味では、8巻まで出ている『EX-ARM』をもう少し検討したいところです。 みなさん、『EX-ARM』についてはいかがですか?

池上:
『アブラカダブラ』とも通じますが、近未来SFとしての、テクノロジー分野についての専門的知識をすごく感じさせますよね。それを、絵描きさんが上手に、わかりやすく…アクションはちょっとわかりづらいですけど、処理しているなと思います。
CGを駆使しないと絶対に描けない世界ですよね。

あとは、健康的なお色気というかサービスですかね、それを織り交ぜながらアンドロイドとは、人間とは…という哲学的な部分を追求していて、場面によってはぐっと引きつけられる。
深い要素を入れつつ、荒唐無稽なストーリーを、緻密な描写でリアリティを感じられるように作っている。そのエンタテインメント性という点で、僕はこの作品はさいとう先生の賞にふさわしいんじゃないかなと感じています

佐藤:
確かにさいとう先生の作品と似ている面もあるんだけど、ただ、さいとう先生の作品の場合は、プロットが非常にしっかりしていて強い。この作品は、大きなプロットがないという作り方をしている。そういう意味でフレームが、ジャンルが違うんですよね。
異なるジャンルのものをどう評価するか…。

相賀:
僕は最初にも言いましたが、この作品は大好きで、惚れ惚れして読んでいたんです。
ただ、毎回それなりに読ませるんだけども、だんだん同じような展開の繰り返しに感じられてしまって。シナリオは毎回、面白いものを提案していて、作画家もそれをうまく絵にしている。ただ、面白くするために、なんでもありみたいになってきたのが気になってしまって。
大好きなんですけど、好きな女の子をちょっと悪く言いたくなっちゃうような感じで…(笑)。

さいとう:
絵の技術は実に、大したもんですが。

やまさき:
僕は本当は苦手なジャンルなんだけど、珍しくすんなり読みました。素直に面白かったです。
4巻で、「自らが生んだ技術に振り回される、それがヒトの歴史」「便利さと引き換えにしたものが必ずある、いつか人間は進歩そのものに裏切られるかもしれない」という内容の台詞がありますよね。おそらく、これがすべての根底にあるんだと思う。

実際、僕らをとりまく世界は、自分たちが生み出した技術に翻弄されかねない世界になっている。その現実を豊かな表現で描写しているところを、僕は高く評価しています。
それと、ごく卑近な僕自身の感想を言いますと…娼婦館っていうのが出てきますよね。この時代の娼婦館にあるセクサロイドというのは、体温とか、性的な能力とか、ほとんど人間と一緒だろうと思うんですね。そういう時代が10年後くらいには来るだろうと。
それまではなんとか生きていたいような…生きていたくないような…(笑)。

一同:(笑)。

やまさき:
まあ、この作品については非常に面白く読んだという点で、僕は推したいと思いました。

佐藤:
セクサロイドじゃないですけど、ロボットを最前線で作っている人の話を聞いたんですよ。
そうしたら、男でも女でも、自分の作っているロボットが本当に好きになってしまって、現実の男や女と付き合わないと。現場では、これが一番大変な問題だそうですよ。
だからこれ、ロボットや人工知能の開発をしている人に読んでもらったら、意外と現実に近いと感じるのかもしれない。

池上:
『ブレードランナー』なんか、2020年頃でもうああいう世界になってますもんね。
今の若い人にとってはすごくリアルな話に近いんじゃないですかね。

やまさき:
さいとう先生はいかがですか。

さいとう:
こういう話を描こうとすること自体を尊敬するな。ものすごい技量と知識が必要になるストーリーで。大変な努力のいる作品だろうと思う。

池上:
僕もそう思いました、絵描きとして。テクノロジーに造詣が深くて、デジタル環境を使いこなせる人でないと、これは絶対にやれないですよ。

さいとう:
しかし、デジタル作画というのはどうも…私には、作画家の作り上げた絵というよりは、何かに描かされている絵のように見えてしまって。

池上:
さいとう先生が、手塚治虫先生から影響を受けて劇画を描いたのと同じことじゃないですか?
手塚先生のまるっこい絵から、先生の『台風五郎』に始まる、リアルな、新鮮な、誰も見たことがない絵のコミックが生まれた。それに近いところがあるんじゃないですかね。
今はもう、若手のマンガ家さんはほとんど、背景をデジタルで処理していますよ。

さいとう:
それと、みなさんこれを言うと驚かれるんですけど、私は子供の頃から、ものすごいSFマニアなんですよ。それなのに、この世界でなぜSFを描かなかったかというと、SFというのはなんでも描けてしまうんですよね。ということは、現実が変わってきたときに、描いている世界がめちゃくちゃに、でたらめになる可能性があるということで。
このメカデザインなんかも、質が高いと思う。けれど、5年も経ったら現実が変わってきて、描かれていることが間違いになるかもしれない。

池上:
うーん、それは言えるかもしれませんね…。