第1回さいとう・たかを賞 最終選考会議録

SAITO TAKAO AWARD 2018

結論、そして…10年先を見据えたコミック制作のために

やまさき:
では次に、『蛍火の灯る頃に』についてはどうですか? 池上先生から。

池上:
最初、一番おもしろいなと思ったんですよ。感心したのは、連載時のヒキがすごく緻密に計算されていて、怖さを増幅していくやり方がすごくうまいなと。それと、キャラクターの描き分けもうまいなと思いましたね。亡者のデザインなんかは、ほかの表現からの影響を感じさせる部分もありますけど、それも含めて絵描きの感性ですからね。怖がらせる演出に成功していると思う。そういう中でさらに人間の欲とか、いろんなものがうまく描けている。

佐藤:
僕も非常に好きな作品です。これ、おそらく脚本家も作画家も意識していないと思うんですけど、すごく深いところの、いわば“メタ原作”は、ダンテの『神曲』だと思うんです。『神曲』の地獄篇の構成によく似ている。それは、たとえばダン・ブラウンの『インフェルノ』にもなるし、あるいは村上春樹さんの『騎士団長殺し』の一部の展開にもなる。コミックで言うなら、伊藤潤二先生の『うずまき』もそうです。あの作品はフランスなんかでも受け入れられていて、それがなぜかというと、ルーツが『神曲』にあるから、向こうの人にもすっと入っていくんじゃないかと思うんです。

ここで問題になってくるのは、『うずまき』のように渦に巻かれていって終わる話なのか、『騎士団長殺し』のように外に出てくるのか。『蛍火~』では、そこがまだわからない。
もうひとつ言いたいのは、この作品の世界は、今の大学生の心象風景にすごく近いと思うんです。ある日突然、絶望的な世界に放り込まれて、周りがバタバタ死んでいって…という感じ。高校生や大学生の、進路だとか就活だとかに追い詰められている、「行き場のなさ」をそのまま映している感じが、すごくおもしろかった。今の10代~20代の心の中をよく描けているなと思いました。

相賀:
よくわかります。僕が思ったのは、現実が崩れて、とんでもない世界に放り出される…つまり、とんでもない世界が現実になったほうがよっぽど楽だっていう気分が反映されているのかなと。夏休みの最後の日に「ああ、学校焼けちゃえばいいのに」って思うような。 ただ、『EX-ARM』と近いんですけど、展開が「なんでもあり」すぎるところが少し気になって。やっぱり、ある程度リアルな状況下で、あり得ない展開を作っていくほうが、難しいだけに面白いのかなという感じがします。そういう意味で『アブラカダブラ』のほうが好きかな。もうちょっと巻数が進んでから評価したいですね、この作品は。先が見たいです。

佐藤:
私がひとつ気になるのは、高野というキャラですね。彼女が全知全能の、デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)的な存在ってことになると、すごくつまらなくなっちゃう。だから彼女を上手に消し去らないといけないんだけど、ここまでキャラとして大きくなっちゃうと難しそうだなと。

さいとう:
私は面白い作品だと思いました。ただ、これも難しい題材に手を出しているな。ずっと続けていくことをあまり意識していないように思う。

やまさき:
僕は、作画の方は特にすごく力があると思うし、評価したいと思います。ただ、地獄の状況描写なんかの部分で、今のところは想像できる範囲の盛り込み方がされているなと。これからどうするのかというのも含めて、まだ3巻ということで、やはりもう少し見てみたいかなというところです。
…さて、そろそろ結論を出す段に移りたいと思いますが。

相賀:
僕はどれも高く評価しましたが、読者として作品に向き合ったときに、物語として深みがあって、知識として学べる要素もあって…という点で、やっぱり『アブラカダブラ』かなと思いました。長崎さんの力量を実感したし、第1回の受賞にはふさわしいんじゃないかな。作画家の今後にも期待したいという意味でも、この作品が1番だと思います。

佐藤:
私も『アブラカダブラ』がいいと思います。『EX-ARM』は、今回の賞を得なくても、十分な評価と読者の支持を得られるだろうと。個人的には『蛍火の灯る頃に』も推したいけど、もう少し先を見たい。『アブラカダブラ』は、シナリオライターが作画家に対して仕掛けているインタラクションも面白いし、この賞を与えないと埋もれてしまう、読者に気づいてもらえないのではという気がして。そういう意味でも、一番賞を与えるにふさわしいかなと思いました。

池上:
たしかに、『EX-ARM』は完全にエンタメに徹しているので――そこが僕は良いなと思うんですが、賞に選ばれなくても売れていく、支持されていくかもしれない。『蛍火の灯る頃に』は、直感的に吸い寄せられる怖さ、面白さを感じた。佐藤先生のように分析的な目線で面白いと思ったわけじゃなかったけど、そういうとらえ方もできるんだなと思いましたし、やはり個人的には評価します。
『アブラカダブラ』については、僕個人としては表現のしかたがおとなしく、少し歯痒さを感じたんですが、これから先の可能性という意味も含め、この作品も評価はしています。

やまさき:
僕は『EX-ARM』が良いかなとも考えていたんですが…なんとなく、この作品はすでに、本当に描きたいことはもう描ききったのでは、という感じがしていて。それでも良いんですが、この賞の意義というものを考えたときに、もうひとつ物足りないというか、まだ予想もできないような要素が欲しいかなと。そういう意味で、『アブラカダブラ』が良いかもしれない、と今は思っています。

この作品は読み手も、自分自身に起こり得ることのような危うさを感じるだろうし、実はすごく強い影響力を持つ作品になっていくだろうと思うんです。そこに注目していきたい。それと、そうなっていったときに、プロデューサーである編集者はどういう立ち位置に立つのかが気になりますね。しっかりと作り手の間に立って、一緒にディスカッションしながら戦うことが必要になってくるんだろうなと。それも含めて、楽しみにしたいと思います。

では、みなさんの意見を踏まえまして、結論としては、『アブラカダブラ』が第1回受賞作ということでよろしいですか。

一同:拍手

さいとう:
ありがとうございました。みんな共通していると思ったのは、うかつに手を出せないような内容を描こうとしているんですよね。そのことに、ちょっと恐怖感も覚える。たとえば、その作品を10年生きながらえさせることができるのかと。
そういうことを考えながら描いているか。

池上:
そういう視点で見るとなると…。でも、たとえば『ゴルゴ13』ほど長く続くものというのは、そもそも稀有ですからねえ。

やまさき:
「10年後も生きているか」というのは、いささか評価の基準が厳しいような。

池上:
いまは時代が変わっていくスピードが速いですから。2、3年も持てばいいと考えて描かれてるんじゃないですかね。100巻、200巻…と続いていく、そういう時代は終わっていくんじゃないかな。

さいとう:
私が言いたいのは、職業として、コミック作家としての姿勢なんです。コミック制作を職業としてとらえていない人が多いんだろうな。10年続けられないというのは、職業として成立しないでしょう。
そういう意味で、10年先を見据えるような作品づくりを、みなさんには期待したいと思います。

<了>

文・構成/鈴木史恵